天職を見つけるための心理学
恋と仕事の天職心理学
※このコラムは過去のメルマガの内容を加筆、編集したものです。
こんにちわ、カウンセラーのなかごしです。
やりたいことが見つからないっていう悩みを、
毎日、聴いていて気づいたことがあります。
やりたいことが見つからないっていう悩みは、
実は、恋人が出来ないという悩みと、
よく似ているのです。
全然関係ないように見える、
やりたいこと探しと、恋人探し。
この二つが、
実はよく似ているというと、
ちょっと気になるでしょ?
今回は『恋と仕事の天職心理学』です。
■すべては錯覚から始まるのです!
「恋をしてるときは、あばたもえくぼ」、
なんて言葉がありますよね。
人を好きになったとき、
特に恋に落ちてすぐのときって、
相手の欠点なんかまったく目に入らず、
いいところしか見えなくなります。
『顔もいいし、性格もいい!
趣味も自分とぴったりだし、
この人とならうまくやっていけるはず!』
恋をしたときっていうのは、
誰でもこんなふうになって、
恋人とこころがひとつに、
溶け合あうように感じます。
そしてお互いに相手のことが、
好きで好きでしょうがないし、
相手を失いたくないと思うので、
なるべく相手に意見をあわせます。
なので最初のころは
『自分が映画を見たいときは、相手も映画を見たい』
『自分がSEXしたいときは、相手もSEXしたい』
『自分が旅行に行きたいときは、相手も旅行に行きたい』
というのが通用します。
なのでなおさら、
自分と恋人は『身も心もひとつ』、
なんて思い込んでしまいます。
ところが、
これが付き合ってしばらくたつと、
慣れてきて相手に合わせるのが、
めんどくさくなってくる。
そしてだんだんと、
意見の食い違いがでてきます。
『自分はパスタを食べたいけども、相手は焼肉を食べたい』
『自分は旅行にいきたいけども、相手はそのお金を貯金したい』
『自分はSEXしたいけども、相手は疲れていてもう寝たい…』
こうなってくるともう悲劇。
『あんなに優しかったのはなんだったの?!
だまされた!!!』、
なんて思ってしまうわけです。
でも実は、
だましたのではなく、自分が勝手に、
『相手は自分の理想の恋人で、
自分にぴったりの人だ』、
と思い込んでいただけです。
心理学者ペックは、
『恋とは錯覚である。
子孫を残させるための本能という巧妙な罠である』、
といいました。
「なんて身もふたもないこと言うんだ…。
これだから心理学者は夢がないよな。」、
と思ってしまいますが、
ペックの話にはまだつづきがあります。
ペックは言います。
『恋とはたしかに錯覚であり罠であるが、
それがあるからこそ、
現在幸せな結婚をしている我々は、
結婚を決意することができた。
恋はたしかに錯覚だけれども、
その夢が覚めたあと、
相手のいいところ悪いところを受け入れ、
何とかうまくやっていこうと努力する。
そうやって努力することこそが愛である。
だから恋とは錯覚であり罠であるけれども、
恋がなければ愛は生まれない。』
う〜ん、かっこいい・・・!
人生で一度は、
こんなかっこいい台詞を、
言ってみたいものです。
統計学や理論的な思考で、
物を考える心理学者が言うところが、
またかっこいいですよね。
で、冒頭に話をもどして、
なかなか恋人ができない人は、
実は『錯覚をする能力に欠けている』、
ということなんです。
すぐに恋人ができる人は、
相手が多少顔が悪くとも、
性格に問題があっても大丈夫。
そこは恋の魔法で、
かわいくて性格もいいと、
思い込むことができるのです。
だからこそ、
「あばたもえくぼ」、
なんですよ。
「顔も性格もよくて、
自分にぴったりな人じゃなきゃイヤ!」、
と思って、相手の悪いところを探そうとすると、
どうしても、恋の魔法に落ちることができません。
この裏にある心理としては、
『つまらない異性に引っかかって、傷つきたくない』、
という必要以上の警戒心。
まったく傷つかない恋愛なんて、
ありまえせん。
二人に人間が、共に時間を過ごすのだから、
ある程度、ぶつかりあうのが普通なんです。
恋愛において、
互いにある程度、
傷つけあってしまうのは、
けっして、悪いことではありません。
あなたをまったく傷つけずに、
恋愛できる異性を求める。
それこそ、完璧主義で、
理想が高すぎるということ。
あまりにも高い理想を持ってしまうと、
まったく傷つけない、
完璧な異性なんていないので、
結局、誰とも付き合うことができません。
こうなってしまうと、
どんなに美人でも、
なかなか誰とも付き合えません。
でね。
そこでちょっと、考えて欲しい。
これってやりたいこと探しにも、
同じことが言えるんです。
やりたいことっていうのも、
最初は思い込み、『錯覚』でいいんです。
どんな人と結婚しても、
必ず結婚生活が大変なのと同じで、
どんな仕事でもその仕事に就いたあと、
必ず苦労やしんどいことがあって当然です。
それでも最初に、
『こんな素敵な仕事はない!
この仕事を一回でもいいからやってみたい!』
という思い込みこそが、
最初の一歩を踏み出す原動力になるのです。
やりたいことが見つからない人は、
やりたいことを見つけたあとの、
苦労のことばかり考えています。
せっかくのやりたいことに対して、
あら捜しばっかりしてしまいます。
『就職するのが大変そう・・・』
『資格を取るのが大変かもしれない』
『これを仕事にしたら、低収入かもしれない』
やりたいことが見つからない人は、
完璧なやりたいことを見つけようとします。
『夢があるのに、就職するのが簡単で、
安定していて、高収入でかっこよくって、
いい仲間に囲まれていて・・・』
そんな仕事はあるはずもなく、
どんな仕事にだって欠点はあるのです。
でも、その欠点を見つけようと、
あらさがしを始めると、
100年の恋も一瞬で冷めてしまう。
だってイチローが、
『野球選手なんて安定しない仕事はダメだよ…』
って思っていたら、野球選手にはなっていない。
ほとんどの人が、
自分の心の中にあるやりたいことに対して
『本当に究極のやりたいことさえ見つかれば、
自分は何もしなくても、勝手に体が動き始めて、
やりたいことを仕事にし始めるはずだ。
それぐらい究極的に強い思いでなければ、
やりたいこととは認めない。』
なんてかん違いをしています。
これって言い換えてみれば
『自分に勇気や行動力がないから、
何もしていないのではない。
これが本当に究極のやりたいことじゃないから、
自分は行動しないのだ。』
ということ。
こう思えば、楽ですよね。
でも本当に究極のやりたいことなんて、
この世の中には存在しないのです。
究極の結婚相手が、
恋をしているときの異性のように、
それは思い込みの世界にしか、
存在しないのです。
どんなに素敵な恋人でも、
あらをさがせば、
悪いところは必ずある。
同じようにどんなに素敵な仕事でも、
あらをさがせば、
いくらでも悪いところはあるのです。
心理学者ペックのいうとおり、
恋は錯覚だけれども、
それは愛するために、
どうしても必要な原動力。
恋、錯覚、思い込みというのは、
人間の原動力の一つです。
最初の第一歩を踏み出すために、
どうしてもこの原動力が必要です。
『本当に究極のやりたいこと』、
を見つけたいと思うなら、
思い込み、『錯覚』が必要なんです。
そのためには、
自分のやりたいことに対して、
『あらさがし』をしないこと。
やりたいことは、
主観の世界の出来事。
あなたが、
やりたいことの見方を変えれば、
すべては変わるのです。
まさに、
自分が変われば世界は変わる、
なんですね。
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今回のポイント
★思い込みこそは原動力!
★あらさがしをしない!!
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