政治家やコメンテーターは安易に心のケアというべきでない

政治家やコメンテーターは安易に心のケアというべきでない

こんにちは。

公認心理師の中越です。


災害や疫病、大きな事件があると、テレビやネットで政治家やコメンテーターの人たちが、「カウンセリングを受けて心のケアを…」といいます。

いっていることは100%正しいです。


でも、僕はどうしてもこの言葉に、違和感を感じてしまいます。

なんだか、とりあえず何かコメント言わなきゃいけないから、「カウンセリングを受けて心のケアを…」といっているように感じてしまうのです。


もちろん精神的につらい思いをされた方に、心のケアが必要なのは当然です。

本当に100%そのコメントは正しい。


それでもなぜ、僕はこんなにも違和感を感じるのでしょう。

それは、カウンセラーの労働環境の悪さにまったく言及していないからです。


民間のスクールで資格を取った人はもちろんのこと、臨床心理士、公認心理師の資格を持っている人も、ほとんどが食べていけていません。

食べていけていたとしても、かなり低収入であったり、非常勤であることがほとんどです。


ギリギリの収入で生活している。

いくつもの非常勤を掛け持ちして、なんとか食いつないでいっている。

収入が問題で、結婚や子供を作る自信が持てなかったり。

そもそも食べていける収入は稼げていない。でも、自分のやりがいのために続けている。


カウンセリング業界は、そういう人がほとんどです。

都会はまだしも、ほんの少し地方都市に行くと、まったく仕事がありません。

基本的にいまのカウンセリング業界は、かなりの部分がカウンセラーの善意で成り立っています。


(ここ数年で公認心理師という国家資格ができ、このコラムでも臨床心理士、公認心理師どちらも表記しないと不自然です。どう違うのか一般の方にはややこしいと思います。でも、どちらも立派な心理職の資格と思ってもらえばいいと思います)


収入が低いから心理職は辞めておけという言葉


15年ほど前、ある団体で講座を受けたとき、講師に来ていた大学教授がこういいました。

「私は自分のゼミの男子学生が、臨床心理士になりたいといったら、やめておけといっている。あまりにも収入が低いからだ」。

いまだったら男女差別で炎上しそうな発言ですが、当時はその先生なりに学生を思いやっていたことも本当だと思います。

僕自身も大学生のときに、いかに臨床心理士が食べていけないかを知り、一度心理職に就くのをあきらめています。

むしろ、現在は共働きが当たり前になり、女性も「心理職は食べていけないから…」とあきらめる人が多いと思います。


必要な専門職なのにまともな収入をもらえない歪さ


心の病はもちろんのこと、不登校、パワハラ、自殺、介護、虐待、災害、疫病、犯罪被害者、発達障害など。

心理カウンセラーが必要とされることが、本当に多い時代です。

政治家やテレビのコメンテーターが何かにつけて、「カウンセリングを受けて心のケアを…」というのは、やっぱり正しいのです。

にもかかわらず、心理カウンセラーというハードな仕事がこんなにも定収入で不安定なのは、あまりにも歪な話です。



心理カウンセラーは、専門職です。

特に資格を取ったあとも、ずっと勉強する必要がある職業です。

世の中の変化にともなって、心の病の形もケアの仕方も変わってくるからです。


うつ病ひとつとっても、気分障害とまとめられていた時期もあったり、大うつ病と呼ばれたり、普通にうつ病と呼ばれたりします。

逆に、昔だとアダルトチルドレン、最近ではHPS(繊細さん)などは、心理学の教科書に載っている専門用語というわけではありません。

でも、本がベストセラーになって一般の人もなんとなく使っている用語を知らないと、カウンセリングはうまくいきません。

本格的な心理学用語だけでなく、一般の人が使う言葉も知っておく必要があるのです。

また、カウンセリングのやり方についても、ほとんどのカウンセラーが資格を取ったあとも勉強し続けます。


多くのカウンセラーは心理学が好きで、相談者さんの役に立つことに、喜びを感じています。

なので、臨床心理士、公認心理師の人も、民間のスクールで資格を取った人も、現場に出ている人はほとんどの人が勉強を続けています。

少ない収入の中から、なんとか絞り出して専門書を買い、講座に出席している人がほとんどです。


僕はメディアで政治家やコメンテーターの人たちが、「ぜひカウンセリングを受けて心のケアを…」といっているのを見ると、どうしてもイラッとしてしまうのです。


「もし本当に心のケアが大事だと思うなら、なぜ心理職が食べていけない現状について語らないの!!

もしその現状すら知らないのなら、心のケアが大事なんて安易にいわないでよ!!

もし心理カウンセラーの低収入、不安定を知っているのなら、まずはそこに言及してから心のケアが大事といってよ!!

たとえば、『こういう事件では心のケアが大事になりますから、そのためにも一刻も早く、心理カウンセラーの待遇改善を進めていかなければなりません』と、なぜその一言がいえないの!?」

どうしてもそう思ってしまうのです。


そういう思いがあるので、「カウンセリングを受けて心のケアを…」という言葉が安易に使われている気がして、どうしても嫌な気分になってしまうのです。

もちろん、僕の勝手な被害妄想かもしれません。

ただ、介護職の低収入については特集するのに、こんなにも心のケアが大事といっておいて、心理カウンセラーの低収入について何も言わないのは、やはり不自然だと感じます。


野良カウンセラーも収入が見込めるのなら大学、大学院で勉強したい

また、「大学、大学院で勉強していないのに、民間のスクールで資格を取っただけで心理カウンセリングをしている人がいる。そういう野良カウンセラーは害悪だ!」、なんていう人もいます。

僕自身、元々民間のスクールで資格を取り現任者としてGルートから公認心理師になったので、偉そうなことはいえません。

たしかにカウンセリング業界は玉石混交で、まれに問題のあるカウンセラーがいるのも事実です。

そういうカウンセラーの問題発言を耳にすることもあります。

(それは心理カウンセラーに限らず、多少の差はあれ、どの業界にもあることだとは思いますが…)


でも、ちょっと考えてみて欲しいのです。

大学を出たあとに大学院まで行くというのは、かなりの投資です。

経済的にも時間的にも、本当に大きな投資です。


なのに、大学、大学院を出て臨床心理士、公認心理師になっても、かなりの低収入かつ不安定な非常勤。


そんな危険な投資、誰がしようと思えますか?

食べていけない可能性が非常に高いといわれたうえで、どれだけの人がお金と時間を投資しようと思えるでしょうか?


心理職への憧れが強く、一生、低収入かつ不安定でもかまわないと割り切れる人か、元々お金持ちの家に生まれた人でないと、臨床心理士、公認心理士を目指すことができないのです。

いや、臨床心理士、公認心理師どころか、民間のスクールで資格を取ったカウンセラーを目指すことすら、相当に心のハードルが高いのです。


(僕自身はロストジェネレーションで20代前半のころブラック企業を転々とした経緯があるので、ある意味、最初から安定も高収入もなかったので割りきれたのかもしれません)


しかも、心理職の大切さを本当にわかり、心のケアの大切さを痛感するのは、ある程度の年齢を超えてからの方が多いです。


「社会人になって働く大変さを知り、働く人の心のケアが大事だと感じた」

「子供ができ子育ての大変さを知り、養育者の心のケアが大事だと感じた」

「年齢を重ねて介護の大変さを知り、介護職の心のケアが大事だと感じた」


そういう人は本当にたくさんいます。


でも、大人になってから大学、大学院に入り直せる余裕のある人が、いったい今の日本にどれだけいるのでしょうか?

大学を選ぶ17、18歳のときに、一体どれだけの人が、一生、低収入、不安定でも心理職で生きていくと、覚悟を決められるでしょうか?

安易に心のケアと連発する政治家やコメンテーターは、それをわかっているのでしょうか?

安易に野良カウンセラーと揶揄する人は、それをわかっているのでしょうか?



臨床心理士、公認心理師がちゃんと就職できて、せめて日本人の平均収入を安定して得られるなら、もっと心のケアが進むのに。

ちゃんとした収入があり安定しているのであれば、大人になってからでも大学、大学院に行き直して臨床心理士、公認心理師を目指す人はたくさん出てくるのに。

そうすればカウンセリング業界全体の質もぐんと上がるのに。

ここに言及しなければ、何も問題は解決しません。


だから、まずは臨床心理士、公認心理師が、せめて日本人の平均収入を安定して得られるようにすること。

そこに税金を投入しないと、永遠に心のケアなんてできません。


だって、あまりにも定収入で生活が不安定では、どれだけがんばってもカウンセラーの心だって不安定になってしまうからです。

それで心のケアなんて、できるわけがありません。



心理職にまともな収入を



メンタルヘルス、心のケアが大事といわれるようになって、20年以上が経とうとしています。

それでもなかなかこの分野が進まないのは、現場のカウンセラーの善意で成り立っているからです。

善意だけでは限界があり、ちゃんと制度として心理職が安定して平均収入を得られるようにしなければ、日本人は永遠に心のケアがされないままなのです。


そのために僕たち心理職にできることは、まずは僕たち心理職自身が声を上げることです。


僕たちが声を上げなければ、永遠に気づいてもらえません。

気づいてもらえなければ、永遠に変わることもありません。


だから、

「心理職にまともな収入を!!!」


同じ思いを持つ人がいれば、ぜひ大きな声を上げてもらえるとうれしいです。



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僕自身は元々民間で資格を取り独立開業しているカウンセラーなので、今まで「部外者が声を上げるのもな~」と思っていました。

でも、昨年、Gルートで公認心理師になったので、今の心理職の就職ってどうなってるんだろうと調べてると、20年前とほとんど変わっていなくて愕然としました。


まずは専門職として、まともな収入を得られるようにすること。

日本人の心のケアには、なによりもそれが先決です。


ちなみに産業カウンセラー、キャリアコンサルタント、キャリアカウンセラーの資格を取っても、働く人の心のケアに関われる仕事に就けるのは、本当にごくわずか。

そういう仕事がないので転職エージェントになったけど、今度はノルマに追い立てられてしまう。そういう相談を受けることもよくあります。

転職エージェントも、今の時代に必要で大切な仕事です。転職エージェントを悪い仕事だとは、決して思いません。熱心な人も本当にたくさんいます。


でも、キャリアカウンセラーという名前の響きとは、あまりにもかけ離れているのも事実です。

世の中にもっとEAPが普及しないと、働く人の心のケアは進みません。



※EAP(従業員支援プログラム、特に事業場外資源によるケアが大事だと僕は思っています)


大学の就職相談室に就職できる人もいるけども、多くは非正規です。

公的機関で働くキャリアカウンセラーも、非正規の人がたくさんいます。

僕は非正規という働き方を悪いとはまったく思わないけれど、正社員があまりに少なすぎるのは、やはり歪だと思います。