一般の人から見たカウンセリングの印象
ずいぶんと昔のことですが、僕が友人の家で新年会をしたときに、こんな会話がありました。
「カウンセラーってアドバイスするんやろ?どんなアドバイスすんの?」
「いや~、それがさ。アドバイスしたらあかんねん。いや、アドバイスしたらあかんってわけじゃないけど、基本的にあまりアドバイスせえへんねん」
「じゃあ、どうすんの?」
「う~ん、基本的には、まず相談に来た人の話を聴くねん。9割くらいは話聴くだけやねん」
「え?そんだけなん?聴くだけなん。そんなんでいいの?」
そんな会話がありました。
カウンセリングを全く知らない一般の人からすれば、そう思うのももっともかもしれません。
とはいえ、どうすればカウンセリングを伝えられるのかもわからず、あいまいな返事を続けていました。
すると、その場にいた1人の女性がいいました。
「話を聴いてあげたら、それだけで気持ちが楽になるねん」
「うん。まあ、そうやな~」
たしかにそういう部分もあるけども、でもそれだけじゃないんだよな~と思いながら、僕がうやむやに返事をしていると、その女性はさらにつけ加えました。
「占いだってそうなんだから」。
やっぱり、全然伝わっていないな~と思いました。
ちなみに、「カウンセリングなんて、キャバクラやホストクラブに行って、仕事のグチを聞いてもらったらスッキリするのと一緒でしょ」といわれることもあります。
それも、やっぱり全然違います。
カウンセリングというのは、カウンセリングを全然知らない人からは、こうやって大いに勘違いされることが多いです。
カウンセリングは決して、ただ話を聴いてすっきりしてもらうだけのものではありません。
もちろん、話を聴いてもらってすっきりする。そういうカタルシスな側面もあります。でも、それはカウンセリングの一面でしかありません。
そして、一般の人が思っているほどはアドバイスはしないけれども、絶対にアドバイスしちゃいけないわけでもありません。
でも、「じゃあ、カウンセリングっていったい何なの?」と、あらたまって質問をされると、とても返事が難しいです。
だから、僕のように困ったカウンセラーがうやむやに返事をしてしまい、より一般の人に勘違いされることになります。
長い間、そうやってうやむやに答えてきたことを、僕自身、反省しています。
とはいえ、この質問、カウンセラーにとっては本当に答えに困るのです。
たとえば、外国の人から、日本人とは何か?とかいきなり質問されたら、なんだか答えようがないですよね。
オリンピックの柔道金メダリストだって、柔道を全く知らない人から、「柔道とはなんですか?」と質問されたら、なかなかうまい言葉が見つからないはずです。
そもそもカウンセリングについての本なんて何百冊もあるのに、それをたった一言で答えられるわけがありません。
そんなことをしょっちゅう質問されるのですから、僕のようなカウンセラーは、うやむやに返事をしてごまかしてしまうのです。
これは僕たちカウンセラーにとって、お酒の場でのよくあるめんどうな一場面です。
ちなみに、一番めんどうなのは、お酒の場でちょっとしたグチを話し始める人がいると、「おっ!!悩み相談がはじまったぞ!!お前、カウンセラーなんだろ。なんか答えてみろよ!」とはやし立てられることです。
その場でガチでカウンセリングをするわけにもいかず、そういうときは適当にやり過ごすしかありません。
そういう僕の態度も、一般の人へカウンセリングの誤解を与えているのかもしれません。
そして、その次にめんどうな質問が、先ほどの「カウンセリングって、アドバイスしないならなにするの?」というものです。
長年、本当にこの質問には悩まされてきました。
でも、この質問は僕たちカウンセラーにとって、いつかはきちんと答えられるようになっておかなければならない気がします。
それも本から引用した言葉ではなく、自分自身の生の言葉で語れるようになる必要があると思うのです。
これは本当に大変なことなんだけれども、ここを乗り越えなければいつまでたっても、「自分なりのカウンセリング」を確立できないと思うのです。
そこで、僕はここに一つの答えを出そうと思います。
カウンセリングとは対話による出会い
僕の考えるカウンセリングとは、「対話による真の出会い」です。
そして、対話による真の出会いは、人間を本来あるべきよりよい姿に戻すのです。
「対話? 出会い? いやいや、それってただ会って話してるだけでしょ。普通の会話と変わらないじゃない。ただ会話するだけで、何の意味があるの?」
一般の人には、そう思われるかもしれません。
でも、「対話」と「会話」は全く違います。
では、「対話」と「会話」は、いったいなにが違うのか?
それは、「深さ」です。
会話とは、日常生活に必要な情報伝達のやりとりです。
ただの情報伝達だけでなく、コミュニケーションを円滑にするための会話も、もちろんあります。
たとえば、新婚夫婦の「行ってきま~す」のチューは、日常的な挨拶に近いものです。
「行ってきま~す」のチューをするかしないか、またはどのような空気感でチューをするかで、今日も仲がいいかどうか、お互いに機嫌がいいかどうかを確認できます。
行ってきますのチューもとても大切で、良い夫婦関係を築いていくためには、こういうコミュニケーションを欠かさないことが、とても大事です。
いただきます。ごちそうさま。ごめんさない。ありがとう。
こういう言葉を使って会話をすることは、人間関係を円滑にするために欠かせません。
褒め言葉とダメ出しの割合が、9:1の夫婦は、結婚生活が長続きするのだとか。
こういう日常会話は、対話に比べると浅い言葉のやりとりですが、人間が生きていくために、本当に大事なものです。