ロゴセラピーの視点から天職を考える




こんにちは。カウンセラーの中越です。

天職を見つけるための発想として、精神科医フランクルの考え方が大事です。



さて、今回のコラム。

ちょっと意外な考え方です。


でも、

「いわれてみれば、たしかにその通りかも…」

きっとそう思うはずです。



さて、その考え方とは、どんなものでしょう?


というわけで今回は、

「天職を見つけるロゴセラピーの発想」。

スタートします!!




好きなことは自分で選べないという事実





天職を見つけるために知って欲しいのが、ロゴセラピー。

それは精神科医フランクルの考え方です。


「人間が人生に意味を問うのではなく、

 人間の方こそ人生に問いかけられている」


これがロゴセラピーの基本的な考え方です。



文字だけ見るとなんだか堅苦しい…。

でも、これって難しい話でなく、思っているより身近な話です。



というのも実は僕たちは、

「好きなことすら、人生から与えられ、問われている」。

そういう存在だからです。




たとえば、絵を描くのが好きで、絵描きになった人がいます。

でも、その人だって、自分から絵を好きになろうと選んだわけじゃない。



「ただ、生まれてみたら、絵を描くのが好きな人間に生まれていた」

本当に、ただそれだけのことです。




たとえば、歌を歌うのが好きで、歌手になった人がいます。

でも、その人だって、自分から歌を好きになろうと選んだわけじゃない。



「ただ、生まれてみたら、歌を歌うのが好きな人間に生まれていた」

本当に、ただそれだけのことです。



人生のあらゆることが、それだけのことです。

好きな食べ物や好きな異性のタイプだって、自分で選んだわけじゃありません。


ただ偶然、自分自身の肉体を持って生まれた。

ただ偶然、出会った環境で育って生きてきた。


そしたらこういう食べ物や異性を好むようになっていた。



それは偶然ともいえるし、必然ともいえる。

遺伝子なのか環境なのか、はたまたその両方なのか。

考えれば考えるほど、誰にも答えの出ないこと。



とことんまで、つきつめて考えていくと、

「こういうことを好きになることが、自分の人生に与えられていた」。

そんなふうにしか、表現のしようがありません。



僕自身も同じです。

「中越さんは、なぜ心理学が好きになったんですか?」

そう深く追求されてしまうと、答えられなくなる。



中学生のときに出会った本など、簡単なきっかけは答えられます。



でも、深く考えれば考えるほど、

「生まれてみたら、心の分野が好きな人生に生まれついていた」。

そうとしか答えようがなくなってきます。



そしてそこまで深く考えたとき。

好きなことは単にやりたいことでなく、天職に結びつきます。

いや、結びつかざるを得なくなってきます。



「人生はあなたに、

 絵を描くことを好きと与えた。

 あなたはそれにどう答えていくのか?」


「人生はあなたに、

 歌を歌うことを好きと与えた。

 あなたはそれにどう答えていくのか?」


「人生は僕に、

 心の分野を好きと与えた。

 僕はそれにどう答えていくのか?」



僕たちが人生から、そう問いかけられているとしたら…。

今この瞬間、どんな行動をとることが、その答えになるんだろう。



「絵描きになる夢なんて、叶うはずがない…」


そう思いながらも、手帳のすみっこにボールペンで絵を描いてみる。

1日に5分だけでいいから、ペンを持って絵を描いてみる。

それは一つの答えになるのかも知れない。



「歌に関わる仕事なんて、バカげている…」


そう思いながらも、休日に一人カラオケ店で納得いくまで練習する。

1日5分、ボイストレーニングの体験講座をネットで探す。

それは一つの答えになるのかも知れない。




僕たちは人生から、問いかけられています。


「君も本当は好きなことがあるだろう?

 昔、興味があったこと、あったじゃないか?


 このたった1回の人生、君はどう生きていくんだい?

 その好きなことで、どう人生を充実させるんだい?

 それを無視したら、後悔するんじゃないのかい?」



僕たちは常に、それを問いかけられています。



僕たち人間は悩んでいるとき、


「私の天職ってなんなんでしょう?

 私のやりたいことってなんなのでしょう?」


と外に答えを求めたくなります。



でも、本当はその逆なのです。

僕たちの方こそ人生から問いかけられているのです。





天職の問いかけが難問すぎて目を背けてしまう





ただ、この人生からの問いかけは、あまりにも難問です。



僕たち凡人にとって、


「そりゃ、好きなことはあるかも知れない。

 でも、こんなことで食べていけるわけがない…。

 もっと収入につながる好きなことを見つけたい!」


そういう気持ちになっても当然だからです。



僕たちは生身の人間ですから、食べていかなくてはなりません。

文字通りの衣住食だけでなく、みっともなくない経済レベルが欲しい。

社会的生き物である人間は、どうしてもそう思ってしまう生き物です。



だから僕たちは、

「自分の人生に与えられた好きなこと」、

を認めたくないのです。



だって、好きなことがお金にならず、からぶりするのが怖いから。


全力で努力して、何の結果も出せないなんて、あまりに怖い。

この歳から挑戦して、時間だけ無駄になるなんて、あまりに怖い。


その可能性がある限り、好きなことが天職なんて、あまりにリスクが高すぎる。

だから自分の好きなことを、認めたくなくなるのです。




無理に他のことを好きになろうとしても空回りするだけ





正直なところ僕自身も、

「僕の好きなことが心理学でなければいいのに…」。

若いころ何度もそう思ってきました。



「心理学やカウンセリングでは、とても食べていけない…。

 それは好きかも知れないけれど、天職だとは思えない。


 だって、そんなことはお金にならないもの。

 天職というからには、ちゃんと収入になるはず。

 仕事につながる好きなことを見つけないと…」



本当に何度もそう思ってきました。



「心理学、カウンセリング以外に、好きなことを見つけたい。

 ちゃんとお金につながるような、好きなことをみつけたい。」


そういう気持ちは、なかなか消えませんでした。



でも、そんなに都合良く、

「それなりに食べていけそうな好きなこと」、

なんて目の前に表れません。



そして仕方なく僕は、

「なにか就職できそうな資格でも取ってみようかな…」。

そう思って資格サイトを眺めました。



でも、いくら資格サイトを眺めても、

「これ、本気で勉強できるほど、僕は好きなのかな?」。

そう思ってサイトを閉じるだけ。



すぐ就職できそうな資格を見つけて、

「今は興味ないけど、やりはじめれば好きになれるかも…」。

なんて考えてもみました。



でも、実際に本屋さんでその資格の参考書を手にとっても、全く頭に入ってこない。

ただ意味のない文字列を眺めている気分になり、どうしても興味が出てこない。



結局、無理に何かを好きになろうとしても、少しも歯車がかみ合わない。

僕は自分の身をもってそれを体験しただけでした。



実は若いときだけでありません。



カウンセラーで独立してからも、


「もっと僕がビジネスを好きになれれば…。

 そしたらカウンセリングルームの経営も良くなるはず。

 そしたら家族を安心させられるはず…」


そう思うことがやっぱりありました。



その背景には、男たるもの一家の大黒柱でなければ…。

そんな時代遅れの考えがあったのだと思います。

自分はもう40代、昭和生まれの男の子だなと感じました。



でも、無理にビジネスを好きになろうとしても、ちっとも歯車がかみ合わない。

なにか計画しても空回りするだけ。ほとんど成果は出ませんでした。

僕には好きでないものにやる気を出すなんて、とても無理なことでした。



好きでないことを無理に好きと思い込むのは不可能




僕は何度も何度も、同じ失敗を繰り返しました。



好きでもないことを、収入につながるという理由だけで、心の底から好きと思い込む。

そんな器用なことができる性格なら、誰もやりたいことがわからないなんて悩まない。


少なくとも僕はそんな器用なタイプでないし、そんな器用な人を今まで見たこともない。

それに、どんなに器用に自分を思い込ませても、それは長続きしない。

そんなごまかしたメッキの思い込みなんて、必ずすぐにはがれてしまいます。



だって、何しろ思い込ませたのもごまかしているもの、自分自身なのですから。



しかも働いていれば、どんな仕事でもしんどい時期が必ずある。

ただただ楽で楽しいだけの仕事なんてありません。

そういうしんどい時期が来たとき、メッキの思い込みは簡単にはがれてます。



僕は何度も何度も失敗をして、やっとそれを理解しました。



天職を見つけるのでなく、受け入れるという発想




そして、何年も何年もかかってやっと、


「好きなんて気持ち、好きになろうと思ってなれるものではない。

 ふと気がついたときに、好きになっているものなんだ」。


その真実を受け入れられるようになりました。



どこまで考えても、どれだけ経験を積んでも、

「これを好きになることが、自分の人生に与えられていた」。

それを受け入れることしかできません。



他のものを無理に好きになろうとしても、どうにもうまくいかない。

すぐお金になることを好きになりたいなんて、そう都合よくいかない。

後になって考えてみれば、当たり前のことかも知れません。




「心理学なんてお金にならない。

 まともに食べていくことなんてできない。

 だから、これは自分の好きなことではない」



そう思っていたころの僕が、やりたいことが見つからないのは当然のこと。



好きなことはすでに与えられていた。

ただ、僕はそれを受け入れずに自分で捨てていた。



「僕のような凡人が、そんなことで食べていけるはずがない…」

そう思って努力も挑戦せずに、ただ好きなことを捨てていた。




「どうすれば自分でも、好きを仕事にできるのか?」

自分自身の手で、それを調べようともしなかった。


「食べていくために、何をしていけばいいのか?」

自分自身の頭で、それを考えようとしなかった。


「今の自分に、少しでも行動できることはないか?」

自分自身の体で、なにひとつ行動しようとしなかった。



自分で調べて考え、体を動かす。

そんな当たり前のことをしない。



それで天職を見つけたいなんて、都合がいいにもほどがある。

努力も挑戦もしない人に、天職など与えられるわけがない。

不安な気持ちに向き合わずに、好きを仕事にできるわけない。



今になって振り返ると、やっとそう思うことができます。



「僕は天職が見つからないのではなく、受け入れたくなかった。

 だって、それはあまりにも努力と挑戦が必要だから…。

 そこにあるリスクが苦労が怖かったから…」。



僕に天職が見つからない根本原因は、これだったのです。



「自分のやりたいことはなにか?」

「自分にとって天職とはなにか?」



誰かに答えを求めても、決して答えは得られません。

なぜなら、僕たちの方が人生から問いかけられているのです。



やっぱりフランクルのいうとおり。


「人間が人生に意味を問うのではなく、

 人間の方こそ人生に問いかけられている」


天職を見つけるためにはロゴセラピーの考え方が大事。



自分の好きなことを受け入れるのは、とてもつらいことだと思います。

それを仕事にして食べていくには、とても大きな試練でもあるからです。


そしてどんな試練にも、努力と挑戦が必ず必要だからです。

そこには必ず不安がつきまといます。



「そんなの自分なんかには、無理に決まってるよ…」



そう尻込みしてしまう気持ちも、とてもよくわかります。

僕も含めほとんどの人が、そう尻込みして当然です。



でも、ほんの少し勇気を出して、自分の好きなことを受け入れてみる。

たったそれだけのことで、天職は目の前に表れるのかも知れませんよ。







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今回のやりたいことの見つけ方ポイント

★好きなことは自分で選ぶことはできない!

★天職を受け入れてみるのも一つの方法!

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■ 編集後記


先週、今週と、

ロゴセラピーの話。



ちょっと深いというか、

重い内容のコラムかな~。



通勤電車でスマホで読むのは、

なかなか大変な内容かも。



なにしろ、

書いてる僕も大変でした。

バカみたいに時間がかかった…。



でも、ずっと書きたかった話。

ちゃんと書けてよかったです。



こんな大変な内容の話、

最後まで読んでくれた方には、

本当に感謝です。